沿革
ブリュエル・ケアーは75年以上にわたり、音響振動の分野で主導的役割を果たしてきました。1943年、世界初の圧電型加速度ピックアップの発表から、21世紀の衛星システムの革新的ソリューションと高度な分析システムに至るまで、ブリュエル・ケアーは創立以来、業界をリードしてきました。
静かな幕開け
シリコンバレーに伝説の「ガレージのオタク」が登場するはるか昔、デンマークにはテクノロジーに将来のビジョンをもつ若者たちがいました。それがPer V. BrüelとViggo Kjærです。Brüelは営業マン、そしてKjærは科学者でした。 色々な意味で2人は完璧なコンビでした。2人とも経済的な成功よりも、技術の進歩、科学、ソリューションに関する共通目標を掲げることに断固として打ち込みました。2人は、優れた技術があれば、金銭的報酬はついてくるものだということを知っていたからです。
デンマーク史上最も暗い年とも言われる1942年、2人は音響振動測定に専心する会社を創立しました。当時、友人や先輩などからは「そのような会社では2人とも生計を立てていくことはできない」と言われていました。しかし今日、ブリュエル・ケアーは世界中に1000名以上の社員を擁しています。
緑色の塗装 – 余ったペンキがシンボルへ
第二次世界大戦中に起業したため、創業者たちは、様々な部品やワイヤの切れ端を探し回りました。機器のケースを塗装するのには、アーミーグリーンの塗料が残っているのを見つけたのです。それから70年経った現在もブリュエル・ケアーの機器は緑色の計測器としてお馴染みです。
以下、ブリュエル・ケアー”グリーン”がたどった主なマイルストーンをご紹介します。
ブリュエル・ケアーの沿革
1942
1943
1948
現在の本社所在地であるデンマーク Nærumへ移転。
1949
1958
グローバル展開を開始。米国に営業所を設立した後、20年の間に欧州、中東、アジア、アフリカに営業所を設立。
1958
1960
1962
熟練パイロットであったPer V. Brüelがブリュエル・ケアー・エアウェイズを設立。会社が所有、運航する飛行機隊は、タイ、米国、エジプトなどの遠方をはじめとする世界中に、商品の輸送や顧客訪問するために使用された。Per Brüel自身もよくパイロットを務めた。
1966
1977
1980
中華人民共和国にサービスセンターを設立した初の欧米電子機器会社となる。
1981
100万個目の製品製造を祝う。
1981
1983
1986
音場の完全なモデル化を実現する、世界初の商用音響ホログラフィシステム(音場の空間変換:STSF)を導入。
1991
1996
ブリュエル・ケアーの基幹分析器である、Windows®ベースのマルチ分析システム、PULSE TMシステムを発表。PULSEには、エンジニアが分析結果を画面上でリアルタイムにモニタしながら、すべての必要な分析を同時に実行できるマルチ分析という画期的なコンセプトが取り入れられた。PULSEプラットフォームはその後も進化を続け、現在は柔軟なソフトウェア、ハードウェアの総合パッケージとなった。(モジュラー型データ収集ハードウェアLAN-XI(2008)、音響振動分析ソフトウェア BK Connect(2018)を含む)
1994
2004
2004
世界初のフラットサーフェスマイクロホンをAirbus社との協力の下で開発。スペースの限られた場所や、従来のマイクロホンとプリアンプの組み合わせではフラッシュマウントできなかったり、不適切なサイドエフェクトを引き起こしたりする場合に音圧(騒音)を計測することを目的とした。
2008
2008
2009
2013
2013
1度の測定と1度の計算で全ての周波数領域をカバーする、世界初のワイドバンドホログラフィをリリース。
2015
2018
ブリュエル・ケアーとHBMがHBKとして両社の知見を統合することを発表。総合的なソリューションを提案し、幅広い計測ニーズをカバーするための拡張された実験計測のポートフォリオを提供。